あのこと
年末は稼ぎどきだ。
その占い師は、そう考えていた。十二月三十一日のことだ。
占い師は公園のわきの路地を、大通りに向かい歩いていた。
この占い師は、この街ではよく当たると評判の“いんちき”占い師であった。
彼の占法はこうだ、まず客をよく観察する。客の仕草、態度、くせ、表情、服装、髪型、肌のつや、指の形、等々。
きょろきょろと辺りを伺うネズミのような仕草、いそいそと落ち着かない態度、たえず手を握ったり広げたりしているくせ、やせこけて貧しそうな表情、まったくなりふりかまわない服装、一本のみだれもなく撫でつけられた髪型、ぴかぴかと照り輝いている肌、奇妙にひねくれた指先。
まったく落ち着かない人間、貫禄たっぷりの尊大な人間、どうしようもなくおっちょこちょいでどじな人間、感情を表にあらわさないクールな人間、どんな時にも笑っている人間、上から下までコーディネイトしたスタイルにまったくはまっていない人間、鋭い目をした大人物を思わせる人間、ただのチンピラな人間。
そこからは、ありとあらゆる情報が得られる。それらの情報をうまく組み合わせ、整理し、推理して得たものを、相手に投げてやると、なぜ自分のことをそんなに詳しく知っているのか? といった驚いた顔を、十人中八、九人の人間が必ずする。これはシャーロック・ホームズという名探偵に教わったことである。
次に、何か悪いことがおこると散々脅かし、そこですかさず、これこれこういうことをすると、災いを消すか、小さくすることができると言ってやる。
災いを消すまじないは、占い師のその日のインスピレーションによって決まる。例えば、その日ネコを見掛けたならば、その日の客にはこう言ってやる、ネコを見掛けたらすぐに逃げなさい、これを一週間なら一週間続けなさいといったぐあい。次の日イヌを見掛けたならばこう言う、イヌを見掛けたら追いかけていってイヌの背をなでなさい、といったぐあい。
人間なんて単純なもので、それだけで偉大な占い師か何かのように、つごうよく勘違いしてくれる。
この占い師はそうやって、名声を広めることに成功したのだ。
さて、今日のまじないは何にしてやるかな、などと考えているとき、ふと公園のベンチに腰掛けている老人が目に入った。毎日毎日同じ場所に座っている薄汚れた老人だ。そのとき占い師の頭に、ふいに
(よし、この老人をしあわせにしてやろう)
という考えが浮かんだ。