そこはまた、とてつもなく巨大な部屋であった。あの公園が五つか六つも入りそうな部屋で、天井には玄関ホールのものにもまけないほどのシャンデリアが下がっている。室内は所々絵画が掛けられ、床にはちりひとつ落ちていない。部屋の中央には、巨大な部屋とはあまりにも不釣り合いな六人掛けほどの小さなテーブルと、向かい合ったふたつの椅子があるきり。いや、ひとつの椅子には年の頃四、五十のこちらは本物の紳士が腰掛けていた。
奇麗に撫でつけられた半白の髪、広い額と、知的な瞳、すらりとした鼻、薄く微笑みをたたえた唇、一部の隙もなく着こなされた燕尾服、紳士はこの部屋と見事に調和した芸術そのものであった。
「やぁ、おじいさん、ようこそいらしてくださった。どうぞどうぞ、そちらの椅子へ」
紳士の声は、低く太く甘く、しっかりしたアクセントが耳に心地好い。
老人はまたもや茫然としていたため、紳士のすすめる椅子に無理矢理に座らされてしまった。
老人が椅子に座るが早いか、どこからあらわれたのか数人の給仕がテーブルのまわりを忙しげに立ち働いている。
「では、おじいさん、さっそく食事にしましょう」
紳士はそういうと、甘い香りのする血のように赤い飲み物の入った、透き通ったグラスを手にとった。
「あ、あの、これはいったい……」
紳士は、老人がそう声をかけるのを、
「いや、話はあと、あと」
と、意にもかいさずに、さっさと乾杯をすませた。
「いや、しつれいした。おじいさんもいきなりのことで、さぞ驚かれたでしょうが、まぁ、金持ちの気まぐれだとでも思って付き合ってください。帰りもきちんと車で送らせますので」
「はぁ……」
老人はとにかく、ここで逆らうのはあまり賢い方法ではあるまいと考え、なんとかお金持ちのお遊びだと考えることにした。
「しかし……」
と、老人は目の前におかれた、いかにも手の込んでいそうな何がなんだか、わけのわからない前菜を見つめながらいった。
「その、このような高価な食事は生まれて初めてでして……、あの、その、なんですか、どうも、胃のやつがびっくりして、あんまりびっくりしすぎるもんで、その、ぽっくりといっちまいそうな……」
「はははは、おじいさん、あなたはおもしろいかただ、大丈夫ですよ、これはそんなに特別な料理でもありませんから。さぁ、いただきましょう」
あまりにとんでもないことがつづいたため、次々に運ばれてくる高価な料理の味は、老人にはさっぱりわからなかった。それに食事のマナーなどもさっぱりわからず四苦八苦していたのだが、紳士はそんなことはまったく気にしているようではなかった。