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ある地方の中心的な都市、人間達が鬱蒼と生い茂り、巨大なビル群が連綿とそびえる大都会という山の峰。その都心部を、こちらは本物の山間部へと少し外れた小さな一角に、その街はあった。まるで眼にも止まらぬ菌類のように、細々と人間が生活する小さな街。その街の中心部には、ままごと遊びのように小さな商店街が申し訳程度にならび、その向こうの空に銭湯の煙突が一本、ぽつりと立っているだけで、あとは古くからある一戸建の家々と小さなアパートが軒を連ねるようにならんでいる、ただそれだけの住宅街。もちろんその頃にはマンションなどというものは、都心部へと出て行かなければ拝めないような時代だった。都会の喧騒から完全にシャットアウトされた静かなベッド・タウン、夜になると人口が昼間の倍以上に膨れあがるような、都心と同じようにひねくれた、不自然な形でしか存在できない小さな街、そこが私のホーム・タウンだった。駅からもバス停からも、銭湯やもちろん商店街からも離れた小さな一件のおんぼろアパートの二階の一室が、私と両親が生活する空間。特に取り柄とてない共働きの両親は、何とか職を失うこともなく、毎朝毎朝、都心へと出勤してゆく。両親共に働いていても、なかなか生活は楽にはならず、そのアパートを出て、新たに部屋を探すなんて思いもよらなかった。その部屋での三人だけの暮らしが、もう十二年間続いていた。
本当に狭いアパートだった。いつ頃建てられたのか、古びた木造の小ぢんまりとした造り、長い間人間の足元に横たわりニスがはげ木目もみえないくらい黒く汚れたギシギシときしむ階段、建てつけが悪くガラスがゆがんだ木枠の窓、昼間でも薄暗い足元を照らすくすんだ裸電球、不精を決め込んだ住人がためにためた洗濯物と洗い物のすえた匂い、ちょこんと玄関わきに積まれた縁の欠けた出前の丼。今でも眼を閉じると、ありありと存在感を持って思い浮かべることができる。その時既に築三十年以上は経っていたのは確かだ。もちろん今は存在すらしていない。二、三年前、友人の結婚式の帰りに偶然通りがかった時には、確か跡地には十五階建程の大きなマンションが建っていたのを覚えている。
私が住んでいたのは、そんな街にある、そんな小さなアパートだ。何処にでもあるささやかな、住民が落ち着いて暮らせ、身辺を騒がすような事件や事故も極端に、いやほとんどない、そんな街。その街の中のほんの一部分を占める町内と、小さな2DKのアパートの一室が、それまでの十二年間の私の人生にとっての現実世界の全てであった。目を見張るような大自然の景観も、果てなく続く青い海原も、記号と化した人間たちがうごめくビル街の谷間も、私の世界にはなかった、それらはテレビや写真の中に封じ込められた別世界の風景、非現実の世界だった。社会科見学のバスの窓から眺めた街の風景も、修学旅行で出かけた古都の風景も、誰かが切り取ったような、ひどく観る者を意識した景観、それらも一時的な架空の世界の物だった。
世界はとても小さかった、そう、私にとっては……。