しあわせな老人 (4)


 喫茶店は公園とは目と鼻の先、細い路地をまたげば小さな裏玄関がある。
 カラン、と心地好い音をたてた重い樫の扉には、きれいにカットされたガラスがはまっていた。もう大掃除をすませたのか、扉のガラスはまるでその空間に氷がはってしまったのかと思うほど奇麗に透きとおっていた。
「いらっしゃいませ」
 抜けるように美しい顔だちのエプロン姿の少女が、にこりと可愛く微笑み、やさしく声をかけてくれる。
 店内は暖かく、コートのない老人をやさしく迎え入れてくれた。木目の際立った深い色あいのテーブルとやさしくカーブしたおそろいの椅子、天井で回る大きな羽のファン、歩くたびにごとごとと音をたてる木地のすれた床、頑丈な作りのカウンター。人の少ない大晦日の店内は、それでも生き生きと木目の品々が深い年月をかえりみるように、老人に語りかけてくるようだ。
 カラン、と樫の扉が音をたてる。ふたりにつづいて、太った男が店内に入ってきた。青年は太った男にせかされるように、つかつかと公園の見える窓際へいき、さっさと椅子へ座りこんだ。老人はその向いがわへ、おずおずと腰を下ろす。
「おじいさん、なにがよろしいですか? やはりコーヒーですかね。
 あ、すみません、ここ、コーヒーふたつね」
 青年は老人の好みも聞かず、さっさと注文してしまった。
 ににこと笑う青年と、おどおどと落ち着かない老人。しばらくふたりは、何をするでもなく、窓の外にみえる公園の裸になってしまった木々をながめていた。
 カタリ、と軽い音をたてて青年の目の前にコーヒーが置かれる、木漏れ日の中ゆらゆらと波うつ春の湖面を思わす、濃く香り高いコーヒーだ。そして、老人の前には白い湯気を季節外れの入道雲のように漂わすコーヒーと、雪に覆われた山を思わす小さなショートケーキが……。
「えっ」
 老人はおどろいて顔をあげる。
「すみません、これ、ケーキはたのんでないよ」
 青年もけげんに言い、顔をあげる。
「いえ、これは、こちらのおじいさんへのサービスです」
 にこりと微笑んだウェイトレスは、先程の美しい少女だった。少女はすこしはにかんだように微笑むと、そのまま小走りにかけていった。ごとごとと床が音をたてる。
 青年はかまわず、コーヒーをブラックでひとくち飲み、老人に何か話かけようと顔を上げた途端、はっとおどろいてしまった。老人が涙を流していたのだ。
「お、おじいさん。いったいどうしたのですか」
 青年が心配そうに声をかけると、
「い、いえ。こんな、こんな、見ず知らずのかたに、こんなに親切にしていただいて。こんな、小さな、薄汚れたじじいに……」
 そのとき、老人の後ろの席に座っていた男が、振り向きざまに、老人にそっとハンカチを差し出した。
「おじいさん、どうぞこのハンカチで涙をぬぐってください」
 その男は老人たちふたりの後から店に入ってきた、あの太った男だった。