「こんにちは、おじいさん。いや、こんばんはかな」
声をかけたのは、助手席の男である。
先程は暗くてよくわからなかったのだが、こうして車内に入ってみると、なかなかどうして、実に豪華な車であった。
シートは総革張りで、クッションもやわらかく、車外の振動もまったく伝わってこない。老人はしばらく、この車は止まったままなのだと思っていたほどだった。
「あ、あなた方はどなたですか? なぜ私にこんなことを……」
車内には、老人以外に四人の人間がのっていた。助手席の男と、後部座席には老人をはさんでふたりの男、それと運転手……。
車を運転しているのは、実直そうな男、黒い運転手の制服を着、わき目もくれずにもくもくと運転している。
老人をはさんでいるのは、黒服、黒眼鏡のいかつい無口で無表情な男たち。
助手席の男は、すきのない鋭い目をした三十歳代なかばのエリート・ビジネスマンといった感じの男だ。
「おじいさん、これからあなたをある場所まで案内します。おとなしくじっとしていれば痛い思いはしなくてすみますよ」
と、助手席の男は軽く脅かす。
老人はしかたなく、じっとおとなしくしていることにした。
車は西へ向かっているようであった、だんだんと高台へ登っていく。暗闇の中で街灯に切り取られた車外の景色は、次第に落ち着いた住宅街のそれへと移っていった。老人の住む下町とはがらりとおもむきのことなる高級住宅街だ。
驚くほど長い塀を横目に、次第に街の奥へ入っていく。
時々、鬱蒼と茂る木々の間から、びっくりするほど大きな建物の輪郭が垣間見える。
人通りのない大きな通りを走っていた車は不意に、ある門を通り抜けた。そこはこの辺りでも、特に大きいのではないかと思われる屋敷の敷地であった。
細かなところまで手入れのゆきとどいた暗い木々のアーチを抜けると、何百ものスポットライトを浴び、光り輝く白い邸宅が目の前にそびえた。
玄関の前の車寄せに車が横着けになると、老人はふたりの黒眼鏡に車外へ引っ張りだされた。ふたりは、老人の脇の下に手をやり、小荷物かなにかのように軽々とぶら下げながら、見上げるような玄関をくぐった。そのままの姿勢でつかつかと玄関ホールを抜ける。天井には、夜空の星々を集めて作ったような、人々を威圧するほど大きなシャンデリアが輝きながらぶら下がっている。
老人はもう唖然として、これからどこへ連れていかれるのかと辺りをきょろきょろと見回していた。