ホシニネガイヲ (10) 第六節

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 三つの病棟に挟まれたY字路には、いつの間にか小さな粉雪が舞うようになっていた。今年初めての雪、そして今冬最後の雪……。強い冬の風に吹かれ舞う粉雪は、ここから見る限りとてもあの冷たさを想像することはできず、とても暖かそうに見える。
 J君は死に、同室のほかの三人が退院し、私以外のベッドはすっかり新しい主の下で、乾いたきしみを発している。五人の子供達は雪ちゃんとひろし君を残して退院していった。五郎君はあの事件以来すっかりおとなしくなってい。私は車椅子を卒業し、何とか松葉杖をつかっての歩行練習に取り組みだし、歩行にもだいぶ慣れて来ていた。
 病院脇の桜が咲き誇る季節が来、私の退院も近づいてきていた。春の陽気が誰もを浮かれた気分にしていた、J君の事件の後遺症とでもいうべき暗く沈んだ空気はもうない、一人を覗いては……。J君の姉は時々、人目を気にしながらも、思い出したようにこの病室を訪れ、私とJ君の思い出話をしていく。J君は幼い頃に両親を事故で亡くし、頼るべき親戚も無く、施設で姉と二人きりで生活していた。もちろん施設内ではたとえ姉弟であっても一緒に暮らせはしなかったが、J君の姉が働きだしてからは、施設を出て小さなアパートでひっそりと、姉弟仲良く暮らしていたらしい。お互いたったひとりの肉親だったのだ。J君の姉は、春の陽気にほだされる事も無く、落ち込んでいた。たった一人きりの弟を失ったのだ、それもあんな状況で……。立ち直れないのはわかっていた、それでも私は彼女を励ますほかなかった、他に相談出来る人もいないというのに。