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相変わらずY字路を通る小学生達は元気いっぱいで、学年最初の学期をはりきって通学している。その中にあの五郎君の姿が見える。すっかりおとなしくなり、はしゃぎ回ることはなくなったようだ。彼が入院する前、私はここから彼を見ていた、今とはまるで違って、周りの同級生にいたずらしながらはしゃぎ回る彼を。
その少し後ろに見えるあの子、右足に義足をはめた男の子は、いつものように嬉々として元気いっぱいに歩いている。私は思わずニヤリとしてしまう。
そうあの日、ぼんやりとY字路を見下ろしていた私の目の前で、信じられないことが起きたのだ。あの義足の男の子が、きっと同級生なのだろう、長い髪のかわいい女の子といっしょに帰宅している途中だった。私が暖房でむっとした室内の空気を入れ換えようと、窓の端をほんの少しだけ開けた時だった、彼が不自由な右の義足に体重をかけたその瞬間、後ろから駆けて来た別の男の子が、その彼の全体重を支えている義足を思いっきり蹴飛ばしたのだ、彼は後ろざまに倒れ、いっしょにいた女の子が駆け寄る。その瞬間、私の中で時間が止まった。私は我が目を疑った、子供の、これが子供のやることなのかと……。
そして聞こえて来たのだ、あの声が。そのころまだ名前さえ知らなかったその子供、あの子の義足を蹴飛ばした五郎君が、とても子供の声とは思えぬほどに憎悪を込めたしわがれた叫び声で、
「おまえ、片足のくせになまいきだぞ!」
と怒鳴りちらすのを……。
その五郎君が入院してきたしばらく後、私は一晩自宅へ帰る許可を得た。そのころ五郎君は何も知らずに病院で出来た新しい友達とともに五人でJ君のもとを訪れるようになっていた。私はそんな五郎君を後目に公然と自宅へ帰ったのだ。その夜家族の目を盗み、慣れない車椅子を転がしながら自宅の納屋へとたどり着くと、納屋の奥にしまい込まれていた埃だらけのヒ素の瓶を探し出した。以前、ミカンの甘味を引き出すために使われていたものだ。今では実験的に無農薬化を推し進めている父の意向で、数年前から使われずに、納屋の奥にしまってあったのだ。私はホコリだらけの薬瓶から、ほんの少量、こっそりと小瓶に移して病院に持ち帰り、J君のもとへ集う子供達の一人、五郎君をこっそりと殺すチャンスを待っていたのだ。計画を練っているのは実に楽しかった。
そこにあのケーキだ、J君がケーキを買ってきた時、私はその目的をしっかりと理解していた。彼が自分の創作童話の第二話を語り終えたすぐ後だったのだから。
病室内のほかの三人は、しょっちゅうベッドから離れていた、J君も病院内の探索にいそがしかった。私はそれこそ決死の覚悟で、腕だけを使いベッドから降り、あのケーキにヒ素を振り掛けるべく、汚れたリノリウムの床を這っていった、おかげで腕は痛くなるわ足の状態は悪くなるわで、足の治癒が若干遅れてしまった。
しかし何とかやりとげることができた、自分のベッドに戻った時にはもう、生きて行くのは無理なのではないかと思うほど疲れ果てていた。
だがなんということか、五郎君は生き残ってしまったではないか。私が薬学に暗かったためか、それともあの子の運がよかったのか。とにかく、もはや五郎君は私の手の届かないところにいったのだ、とはいえ、あの分ならもうあの義足の男の子に手を出すこともないだろう……。
J君にはすまないことをしてしまったと思う、本当に。この事件での一番の被害者は彼だったのかも知れない。
彼の姉は今、私の実家で私とともに、ミカンの栽培の研究をしている──。